2020年04月16日
つくばフェスティバル
こんにちは。中田貴子(メイ)です。
ブログリレーをすることになり、何を書こうかなと締め切り当日まで悩みに悩み…
今年は開催できませんでしたが、私にとって大きな経験となったつくばフェスティバルについて簡単に書こうと思います。
つくばフェスティバルは、つくばの女サカに入ったからこそ経験できることのひとつです。ひとつの大会を運営することの大変さを知り、確実に自分を成長させる経験となります。
女サカに入ると、1年生の時にフェスの部署を選びます。大学生になるまで、学級長だったり、委員長だったり、リーダー的役割はあまりしてこなかった人生、大学生では色々挑戦してみようと考えていた1年生の私は、雑務が嫌いではなかったこともあり、3年生でフェスの実行委員長を務めることになる庶務部を選びました。
1年生、2年生では先輩がいて、ひとつの大会を作り上げることの大変さを感じつつも、それでも成功させることができると、今思うとどこか甘く見ていた気がします。
3年生、実行委員長になりました。大会の準備をしていく中で、入念に準備しつつも大会が近づくにつれて本当にしっかり運営できるのか、成功させられるのか、不安がありました。
それでも、頼りになる部長陣がいて、常に相談に乗ってくれる先輩もいて、おかげで3月まで準備を進めることができました。
コロナウイルスの影響を鑑みて、フェスを開催することを断念しましたが、3月に向けて準備をした約1年、問題もあったけれど、部長陣でたくさん考えて、協力して、連携して、行動して、私は大成功だったと感じています。
こんな経験は筑波の女サカでなくてはできません。勇気を出して実行委員長になる庶務部を選択した1年生のときの自分も大成功です。必ず今後の財産になる経験ができました。
最後になりますが、フェスに向け、多大なご協力してくださった方々本当にありがとうございました。
そして、この場を借りて、
フェス開催に向けて一緒にたくさん考えて準備してくれた部長陣、女サカのみんな本当にありがとう。
文章能力が無いせいで伝わりにくいですが、何が言いたいかと言うと、つくばの女サカに入って、つくばフェスティバルの運営に関われてよかった、
ということと、
女サカのみんなを含めフェス運営を支えてくれた方々への感謝です。
疎い文章ですみません。以上です。
ありがとうございました。


中田貴子(#22 メイ)
ブログリレーをすることになり、何を書こうかなと締め切り当日まで悩みに悩み…
今年は開催できませんでしたが、私にとって大きな経験となったつくばフェスティバルについて簡単に書こうと思います。
つくばフェスティバルは、つくばの女サカに入ったからこそ経験できることのひとつです。ひとつの大会を運営することの大変さを知り、確実に自分を成長させる経験となります。
女サカに入ると、1年生の時にフェスの部署を選びます。大学生になるまで、学級長だったり、委員長だったり、リーダー的役割はあまりしてこなかった人生、大学生では色々挑戦してみようと考えていた1年生の私は、雑務が嫌いではなかったこともあり、3年生でフェスの実行委員長を務めることになる庶務部を選びました。
1年生、2年生では先輩がいて、ひとつの大会を作り上げることの大変さを感じつつも、それでも成功させることができると、今思うとどこか甘く見ていた気がします。
3年生、実行委員長になりました。大会の準備をしていく中で、入念に準備しつつも大会が近づくにつれて本当にしっかり運営できるのか、成功させられるのか、不安がありました。
それでも、頼りになる部長陣がいて、常に相談に乗ってくれる先輩もいて、おかげで3月まで準備を進めることができました。
コロナウイルスの影響を鑑みて、フェスを開催することを断念しましたが、3月に向けて準備をした約1年、問題もあったけれど、部長陣でたくさん考えて、協力して、連携して、行動して、私は大成功だったと感じています。
こんな経験は筑波の女サカでなくてはできません。勇気を出して実行委員長になる庶務部を選択した1年生のときの自分も大成功です。必ず今後の財産になる経験ができました。
最後になりますが、フェスに向け、多大なご協力してくださった方々本当にありがとうございました。
そして、この場を借りて、
フェス開催に向けて一緒にたくさん考えて準備してくれた部長陣、女サカのみんな本当にありがとう。
文章能力が無いせいで伝わりにくいですが、何が言いたいかと言うと、つくばの女サカに入って、つくばフェスティバルの運営に関われてよかった、
ということと、
女サカのみんなを含めフェス運営を支えてくれた方々への感謝です。
疎い文章ですみません。以上です。
ありがとうございました。


中田貴子(#22 メイ)