2020年01月29日
「感謝」するということ(ぐり)
いつのまにか引退ブログを書く立場になってしまいました、ぐり(#29)です。
しかも、成り行きでトリになってしまいました。
上がっていくハードル。
でも、肩ひじ張っても仕方ないので自然体で、しかし最後なので少しカッコつけて書きます。
2019シーズン、私たちのラストシーズンのスローガンは「感謝」でした。
この期に及んであえて言います。
感謝って、なんでしょうか。
ありがとう、を口にすることでしょうか。
親が「ありがとう、ごめんなさい、が言える子に育ってほしい」と願う、よくあることです。
でも、それだけでしょうか?
自他ともに認めるひねくれものの私は、SNSなどで公に周囲への「感謝」をアピールするひとが嫌いでした。
感謝の意を示すなら面と向かってなり、電話で直接、もしくは手紙で、直接そのひとに伝えればいいじゃないか。
なぜ不特定多数に発信する必要があるのか、それは良い行動をしている自分を誇示したいだけではないのか?と。
両親、恩師、友人など、周囲の人に感謝しましょう、と学校では教えられます。
けど、中身のない謝意には意味がないのではないか、感謝の意がなければ悪なのか、考えてもよくわかりませんでした。
「両親はサッカー用具を買い与えてくれるし、試合会場までの移動費や合宿のお金をだしてくれるし、まあありがたいかな。」くらい。
文字通り現金で親不孝な娘です。
広辞苑には以下のように書いてありました。
かん‐しゃ【感謝】
ありがたく感じて謝意を表すること。「―のしるし」「心から―する」
感謝する気持ちを持つこと、ではなく表現すること、と読み取れます。
表せばいいのでしょうか。
大学2年生の冬、2017シーズン終了の2日前。ケガをしました。
人生初の松葉杖、人生初の入院、人生初の手術、人生初の長期離脱。
言うことを聞かない右足という現実が受け入れられなくて、痛くて悔しくて、なんで自分が、なんで今、どうしてこんな思いをしないといけないんだ、そればっかり考えていました。
正直これを機にサッカーを辞めようかとも思いました。
こんなつらいリハビリしたって試合出られるようになるかわからないし、どうせ自分のサッカー人生こんなもんだったんだ、もういいじゃん…。
でも、
「グラウンドで待ってます」「また一緒に試合できるの楽しみにしてるよ」と言ってくれるチームメイト、
遠いのにお見舞いに来てくれる家族や友人、
リハビリメニューや復帰スケジュールを立ててくれるトレーナーさんたち、等々、
周囲の人たちが腐ってる暇を与えてくれませんでした。
「あ、私って一人でサッカーやってきたわけじゃないのか」という当たり前の事実に気が付きました。
次第に前向きにリハビリできるようになっていました。
ほぼリハビリで終わった2018シーズンを経て、4年生になるとよりチームの外とのやり取りがぐっと増えるようになりました。
チームスタッフはもちろん、大学関係者やOG、部員の保護者はじめサポーター、少年サッカーチームの子どもたちやその保護者さんなどの応援してくれる人たち。
直接的もしくは間接的に支えてもらいまくっています。
「女サカって学生主体で運営をやってるとはいえ、決して部員だけでは成り立つことができない組織なんだな」という、これまた当たり前の事実を痛感しました。
個人的にも組織としてもたくさんの人にお世話になった4年間ですが、彼らは決して恩着せがましくはなく、義務感に駆られているわけでもなく、むしろすすんで手を差し伸べてくれていたように感じました。
わざわざ応援に来てくれたり、高校生なら遠くから練習体験に来てくれたり、直接またはメール、LINE、SNSでメッセージをくれたり。
これはすごいことです。
大げさかもしれませんが、時間という限られた人生の一部を、筑波大学女子サッカー部のために差し出してくれているということになります。
それに対して私たちができることは、と考えた時に、敬意を表すことだと思いました。
相手の人生の一部を共有していただいたことを自覚して、謹んで受け取る。
それは具体的な物かもしれないし、言葉かもしれないし、それらに表される「気持ち」かもしれない。
チームの外の人に対してだけでなく、仲間に対してもそうです。
それが「感謝」する、広辞苑の言葉を借りれば「謝意を表す」ことなんじゃないかなと思います。
そして、そうやってひとの人生を動かすような「魅力あるチーム、魅力ある人」であるべきなんじゃないかな、と。
異論は認めます。
まとまりがなくなってきました。
言いたいことは二つ。
私が思うに感謝とは、相手の人生の一部に対して敬意を払い、そのうえで謝意を表すこと。
このどちらが欠けてもだめです。
そして、上記を踏まえて、みなさん本当にありがとうございました、ということです。
サッカー選手としての技術レベルも、人間としてもまだまだな自分にはちょっぴり贅沢で、でもぴったりで必要な場所でした。
地区選抜もあり得なくて、区大会、都大会の序盤で敗退するばっかりだったいままででは考えられなかった、かけがえのない経験がたくさんできました。
忘れられない試合、人生初の全国大会。
サッカーについても、それ以外についても、たくさんの事を学びました。
そしていつしか、自分が経験し、考え、学んだことを周囲に還元したいと思うようになりました。
16年間の競技人生はここで終わりますが、これからは主にみる側、支える側にまわろうと思います。
入学前は、選手終了後はサッカーと無縁の第2の人生を送るつもりでしたが、少々予定が変わりそうです。
私もまた人生を動かされた一人なのかもしれません。
最後までお読みいただきありがとうございました。
#29 保田真帆(ぐり)

しかも、成り行きでトリになってしまいました。
上がっていくハードル。
でも、肩ひじ張っても仕方ないので自然体で、しかし最後なので少しカッコつけて書きます。
2019シーズン、私たちのラストシーズンのスローガンは「感謝」でした。
この期に及んであえて言います。
感謝って、なんでしょうか。
ありがとう、を口にすることでしょうか。
親が「ありがとう、ごめんなさい、が言える子に育ってほしい」と願う、よくあることです。
でも、それだけでしょうか?
自他ともに認めるひねくれものの私は、SNSなどで公に周囲への「感謝」をアピールするひとが嫌いでした。
感謝の意を示すなら面と向かってなり、電話で直接、もしくは手紙で、直接そのひとに伝えればいいじゃないか。
なぜ不特定多数に発信する必要があるのか、それは良い行動をしている自分を誇示したいだけではないのか?と。
両親、恩師、友人など、周囲の人に感謝しましょう、と学校では教えられます。
けど、中身のない謝意には意味がないのではないか、感謝の意がなければ悪なのか、考えてもよくわかりませんでした。
「両親はサッカー用具を買い与えてくれるし、試合会場までの移動費や合宿のお金をだしてくれるし、まあありがたいかな。」くらい。
文字通り現金で親不孝な娘です。
広辞苑には以下のように書いてありました。
かん‐しゃ【感謝】
ありがたく感じて謝意を表すること。「―のしるし」「心から―する」
感謝する気持ちを持つこと、ではなく表現すること、と読み取れます。
表せばいいのでしょうか。
大学2年生の冬、2017シーズン終了の2日前。ケガをしました。
人生初の松葉杖、人生初の入院、人生初の手術、人生初の長期離脱。
言うことを聞かない右足という現実が受け入れられなくて、痛くて悔しくて、なんで自分が、なんで今、どうしてこんな思いをしないといけないんだ、そればっかり考えていました。
正直これを機にサッカーを辞めようかとも思いました。
こんなつらいリハビリしたって試合出られるようになるかわからないし、どうせ自分のサッカー人生こんなもんだったんだ、もういいじゃん…。
でも、
「グラウンドで待ってます」「また一緒に試合できるの楽しみにしてるよ」と言ってくれるチームメイト、
遠いのにお見舞いに来てくれる家族や友人、
リハビリメニューや復帰スケジュールを立ててくれるトレーナーさんたち、等々、
周囲の人たちが腐ってる暇を与えてくれませんでした。
「あ、私って一人でサッカーやってきたわけじゃないのか」という当たり前の事実に気が付きました。
次第に前向きにリハビリできるようになっていました。
ほぼリハビリで終わった2018シーズンを経て、4年生になるとよりチームの外とのやり取りがぐっと増えるようになりました。
チームスタッフはもちろん、大学関係者やOG、部員の保護者はじめサポーター、少年サッカーチームの子どもたちやその保護者さんなどの応援してくれる人たち。
直接的もしくは間接的に支えてもらいまくっています。
「女サカって学生主体で運営をやってるとはいえ、決して部員だけでは成り立つことができない組織なんだな」という、これまた当たり前の事実を痛感しました。
個人的にも組織としてもたくさんの人にお世話になった4年間ですが、彼らは決して恩着せがましくはなく、義務感に駆られているわけでもなく、むしろすすんで手を差し伸べてくれていたように感じました。
わざわざ応援に来てくれたり、高校生なら遠くから練習体験に来てくれたり、直接またはメール、LINE、SNSでメッセージをくれたり。
これはすごいことです。
大げさかもしれませんが、時間という限られた人生の一部を、筑波大学女子サッカー部のために差し出してくれているということになります。
それに対して私たちができることは、と考えた時に、敬意を表すことだと思いました。
相手の人生の一部を共有していただいたことを自覚して、謹んで受け取る。
それは具体的な物かもしれないし、言葉かもしれないし、それらに表される「気持ち」かもしれない。
チームの外の人に対してだけでなく、仲間に対してもそうです。
それが「感謝」する、広辞苑の言葉を借りれば「謝意を表す」ことなんじゃないかなと思います。
そして、そうやってひとの人生を動かすような「魅力あるチーム、魅力ある人」であるべきなんじゃないかな、と。
異論は認めます。
まとまりがなくなってきました。
言いたいことは二つ。
私が思うに感謝とは、相手の人生の一部に対して敬意を払い、そのうえで謝意を表すこと。
このどちらが欠けてもだめです。
そして、上記を踏まえて、みなさん本当にありがとうございました、ということです。
サッカー選手としての技術レベルも、人間としてもまだまだな自分にはちょっぴり贅沢で、でもぴったりで必要な場所でした。
地区選抜もあり得なくて、区大会、都大会の序盤で敗退するばっかりだったいままででは考えられなかった、かけがえのない経験がたくさんできました。
忘れられない試合、人生初の全国大会。
サッカーについても、それ以外についても、たくさんの事を学びました。
そしていつしか、自分が経験し、考え、学んだことを周囲に還元したいと思うようになりました。
16年間の競技人生はここで終わりますが、これからは主にみる側、支える側にまわろうと思います。
入学前は、選手終了後はサッカーと無縁の第2の人生を送るつもりでしたが、少々予定が変わりそうです。
私もまた人生を動かされた一人なのかもしれません。
最後までお読みいただきありがとうございました。
#29 保田真帆(ぐり)

2020年01月28日
短いようで長い(ななこ)
2019シーズン主務を務めました、数学類4年石井奈菜子です。
今回引退ブログを書かせていただくことになりました。
初めに断りを入れておきますと、下書きとしてWordに書きたいこと書いたら3000字を超えました。長いです。私のサッカー人生など興味がない人が大多数と思われますので、そういう人はここで終わりにすることをお勧めします。
私は小学生の時サッカーをやっていて、中学高校ではソフトテニス部でした。
中学高校でもサッカーはしたかったけど、する環境に恵まれていなかったというのが正直なところでしょうか。中学校には男子のサッカー部すらない、そんな田舎町で育ちました。
親は私がまだ小学生の頃から国公立大学に行ってくれと言っていて、そんな私にサッカーを続けられるという選択肢はなく、高校に入学して間もなく、やっぱりサッカーしたいなぁという想いだけで筑波大学を目指し、筑波大学に来ました。
ソフトテニスが仕方なくやっていたというように聞こえてしまうので、少しだけソフトテニスの話をします。
ソフトテニスは日本発祥(と言われている)で、中学生の部活人口が最も多いスポーツです。サッカーでいう選手権のような大会はなく、夏のインターハイが一番大きな大会です。1日で何試合もします。中学高校の大会では審判はほとんど生徒です。大会の上の方の順位決めになるとようやく大人が審判をします。応援は武器です。ソフトテニスは心理戦のような一面もあり、応援や声出し次第で、試合の流れをひっくり返せることもあります。私はボールがラケットにちゃんと当たった時の感触や音が好きでした。あんなに小さいボールを狙ったところに打てたり走って走ってなんとか拾って一点を取れたりしたときはとても嬉しいし、仲間と乱打するのも応援するのも楽しいし、練習中も試合中も勝手に声が出る。そんなスポーツです。
話を戻します。
筑波大学に来たものの、最初は少しだけ女子サッカー部に入ることを迷っていました。というのも、それまで2年連続で体専かつ経験者しかいなかったので、真逆の私は入れないのではないかと思ったからです。私がこの部活で唯一貢献したことは、初心者でも入れる、世代別代表から初心者まで、という筑波大学女子サッカー部の特色というか決まり文句を継承できたことだと思います。
後輩たちに伝えたいことその①:初心者・他学の存在を大切にする。
今は全ての学年にそういう人がいるので大丈夫だと思いますが、もしいなかったら、ことあるごとに人手が足りなくなります。考え方も偏ってしまうかもしれません。初心者・他学で人員を確保しなければならないことは国立である筑波の宿命であり、逆に言えば、そういう人たちが気兼ねなくサッカーができる環境を与えることが使命だと思います。
入部を決意してから2年間くらいはただただサッカーができることが嬉しくて楽しくて、辛かったことといったら、ちよがまだインサイドパスもまともにできないのに初の公式戦で点を決めたことです。おめでたいことだけど、悔しくて悔しくて今でも鮮明に覚えています。それから、点を取りたいと思うようになりましたが、結局かなわずに引退しました。1,2年生の頃は良くも悪くも試合出場のチャンスがあまりなかったので、意識はしていませんでしたが、3年生になるという頃、残りの試合数を意識すると試合に出たい、ベンチ入りしたいという想いが次第に強くなり、さらにヘッドコーチが変わったことで方針も変わりチャンスが広がり、結果的にチームには好影響を、私にはしんどいと感じる期間が増えることになりました。さらにその頃のチーム状況を考えると、試合に出ていない組(いわゆるサブ組)を引っ張らないといけない立場になっており、さらには来年を見据えると、、、なんていろんな感情を持つようになり、それ以降4年生の11月中旬まで、辞める、という言葉が頭から離れることはありませんでした。4年生なのにそういう感情を持っていたなんて、本当にくずですよね。そんな私ですが、今となってはこれをやっていたら違う感情だったのかなぁということがあります。
後輩たちに伝えたいことその②:他人の本音を知る。
先日、ブログ企画「Youは何しに女サカへ?」が完結しました。それを読んで、そんな考えを持ってたんだなぁと初めて知ることもありました。もしかしたら、インタビュー用に少しきれいに言った部分もあるのかもしれないけど、ほぼ本音を知りました。もっと前から部員の部活への想いを知りたかったと思いました。前から知りたかったけど、私にはそういう真剣な話をする勇気がありませんでした。
立場が違えば共感はできないと思っています。でも自分の考えを話して良いはずだし、相手の考えを知ることは誰にでもできるはずです。相手の考えを知ればそれなりの行動をとることができたはずです。もしかしたらベンチ入りすることに囚われすぎずに、ポジティブでいられる時間が増えたかもしれません。ありがたいことに今年のチームは、終わってみれば最高のチーム・仲間と言われていますが、私は果たしてそうなのかと思っています。(どれも大切なシーズンで今年が特別という意識もない。)他人の考えを知っていたら、そんなことを考えずに、常にチームのためにと思えていたかもしれません。今となっては後の祭りですが。
後輩たちには(先輩後輩関わらず信頼しあっている仲なので心配していませんが、)そこをないがしろにしてほしくないと思います。
私は選手として各種大会に出場する権利がありながら、応援隊長という名誉とは言えない称号を得ました。1年生の時からリードをやっていたので無理はありません。たった二人での応援も何度も経験したし、今女サカで歌っているのは蹴球の応援を基にした奈菜子流です。どういう心境で歌っているかというと、少しでも力になれれば、ただそれだけです。選手なので試合に出られなくてすごくすごく悔しいです。でも試合会場に着けば気持ちを切り替えます。というより、今日は応援を頑張る、と言い聞かせて家を出ます。
サッカーの応援はソフトテニスと違って相手の心情や試合の結果に影響することはないと思っています。あの広いコートに5人いるかいないかの声なんて簡単にかき消されます。蹴球部位の大声援だったら話が変わってくると思いますが。試合中、私たちに与えられる戦いの場は応援席で、そこから勝ってほしいという想いを歌にしたつもりです。誰かがナイスプレーをしたらその人の歌を。誰かがネガティブになりそうなときにはその人の歌を。試合の流れを見てここが踏ん張りどころだと感じたら、走る系の歌をetc…
それが選手の耳に届き、支えとなっていたらなぁと。完全な自己満足です。もしゴールが決まったり勝ったりして余力があったらベンチ外にも来てくれたら嬉しかったです。割と寂しかったです。(笑)
私は応援される側になることはほとんどなかったけど、支えてくれたり気にかけてくれたりする家族やOGさんの存在がありました。特に直接かかわりのある先輩はすごいです。私の気持ちがわかっているかのようなタイミングで、ご飯に誘ってくださったり、LINEや電話をくださったりしました。その節は本当にありがとうございました。
後輩たちに伝えたいことその③:OGはいつでも味方。
筑波大学女子サッカー部が苦しいときも盛り上がっている時も変わらず常に応援し続けてくれ、支えてくれる存在の一つがOGの方々だと思います。それは個人的に苦しいときでも同じです。私も、これからは一人のOGとして筑波の女サカを応援していきます。そして、益々いろんなことに挑戦していくであろう頼もしい後輩たちの活躍を楽しみたいと思います。
最後に、
このブログを読んでくださっている人に伝えたいこと:これからも筑波大学女子サッカー部の応援をよろしくお願いします。
石井奈菜子(#23 なずな)

今回引退ブログを書かせていただくことになりました。
初めに断りを入れておきますと、下書きとしてWordに書きたいこと書いたら3000字を超えました。長いです。私のサッカー人生など興味がない人が大多数と思われますので、そういう人はここで終わりにすることをお勧めします。
私は小学生の時サッカーをやっていて、中学高校ではソフトテニス部でした。
中学高校でもサッカーはしたかったけど、する環境に恵まれていなかったというのが正直なところでしょうか。中学校には男子のサッカー部すらない、そんな田舎町で育ちました。
親は私がまだ小学生の頃から国公立大学に行ってくれと言っていて、そんな私にサッカーを続けられるという選択肢はなく、高校に入学して間もなく、やっぱりサッカーしたいなぁという想いだけで筑波大学を目指し、筑波大学に来ました。
ソフトテニスが仕方なくやっていたというように聞こえてしまうので、少しだけソフトテニスの話をします。
ソフトテニスは日本発祥(と言われている)で、中学生の部活人口が最も多いスポーツです。サッカーでいう選手権のような大会はなく、夏のインターハイが一番大きな大会です。1日で何試合もします。中学高校の大会では審判はほとんど生徒です。大会の上の方の順位決めになるとようやく大人が審判をします。応援は武器です。ソフトテニスは心理戦のような一面もあり、応援や声出し次第で、試合の流れをひっくり返せることもあります。私はボールがラケットにちゃんと当たった時の感触や音が好きでした。あんなに小さいボールを狙ったところに打てたり走って走ってなんとか拾って一点を取れたりしたときはとても嬉しいし、仲間と乱打するのも応援するのも楽しいし、練習中も試合中も勝手に声が出る。そんなスポーツです。
話を戻します。
筑波大学に来たものの、最初は少しだけ女子サッカー部に入ることを迷っていました。というのも、それまで2年連続で体専かつ経験者しかいなかったので、真逆の私は入れないのではないかと思ったからです。私がこの部活で唯一貢献したことは、初心者でも入れる、世代別代表から初心者まで、という筑波大学女子サッカー部の特色というか決まり文句を継承できたことだと思います。
後輩たちに伝えたいことその①:初心者・他学の存在を大切にする。
今は全ての学年にそういう人がいるので大丈夫だと思いますが、もしいなかったら、ことあるごとに人手が足りなくなります。考え方も偏ってしまうかもしれません。初心者・他学で人員を確保しなければならないことは国立である筑波の宿命であり、逆に言えば、そういう人たちが気兼ねなくサッカーができる環境を与えることが使命だと思います。
入部を決意してから2年間くらいはただただサッカーができることが嬉しくて楽しくて、辛かったことといったら、ちよがまだインサイドパスもまともにできないのに初の公式戦で点を決めたことです。おめでたいことだけど、悔しくて悔しくて今でも鮮明に覚えています。それから、点を取りたいと思うようになりましたが、結局かなわずに引退しました。1,2年生の頃は良くも悪くも試合出場のチャンスがあまりなかったので、意識はしていませんでしたが、3年生になるという頃、残りの試合数を意識すると試合に出たい、ベンチ入りしたいという想いが次第に強くなり、さらにヘッドコーチが変わったことで方針も変わりチャンスが広がり、結果的にチームには好影響を、私にはしんどいと感じる期間が増えることになりました。さらにその頃のチーム状況を考えると、試合に出ていない組(いわゆるサブ組)を引っ張らないといけない立場になっており、さらには来年を見据えると、、、なんていろんな感情を持つようになり、それ以降4年生の11月中旬まで、辞める、という言葉が頭から離れることはありませんでした。4年生なのにそういう感情を持っていたなんて、本当にくずですよね。そんな私ですが、今となってはこれをやっていたら違う感情だったのかなぁということがあります。
後輩たちに伝えたいことその②:他人の本音を知る。
先日、ブログ企画「Youは何しに女サカへ?」が完結しました。それを読んで、そんな考えを持ってたんだなぁと初めて知ることもありました。もしかしたら、インタビュー用に少しきれいに言った部分もあるのかもしれないけど、ほぼ本音を知りました。もっと前から部員の部活への想いを知りたかったと思いました。前から知りたかったけど、私にはそういう真剣な話をする勇気がありませんでした。
立場が違えば共感はできないと思っています。でも自分の考えを話して良いはずだし、相手の考えを知ることは誰にでもできるはずです。相手の考えを知ればそれなりの行動をとることができたはずです。もしかしたらベンチ入りすることに囚われすぎずに、ポジティブでいられる時間が増えたかもしれません。ありがたいことに今年のチームは、終わってみれば最高のチーム・仲間と言われていますが、私は果たしてそうなのかと思っています。(どれも大切なシーズンで今年が特別という意識もない。)他人の考えを知っていたら、そんなことを考えずに、常にチームのためにと思えていたかもしれません。今となっては後の祭りですが。
後輩たちには(先輩後輩関わらず信頼しあっている仲なので心配していませんが、)そこをないがしろにしてほしくないと思います。
私は選手として各種大会に出場する権利がありながら、応援隊長という名誉とは言えない称号を得ました。1年生の時からリードをやっていたので無理はありません。たった二人での応援も何度も経験したし、今女サカで歌っているのは蹴球の応援を基にした奈菜子流です。どういう心境で歌っているかというと、少しでも力になれれば、ただそれだけです。選手なので試合に出られなくてすごくすごく悔しいです。でも試合会場に着けば気持ちを切り替えます。というより、今日は応援を頑張る、と言い聞かせて家を出ます。
サッカーの応援はソフトテニスと違って相手の心情や試合の結果に影響することはないと思っています。あの広いコートに5人いるかいないかの声なんて簡単にかき消されます。蹴球部位の大声援だったら話が変わってくると思いますが。試合中、私たちに与えられる戦いの場は応援席で、そこから勝ってほしいという想いを歌にしたつもりです。誰かがナイスプレーをしたらその人の歌を。誰かがネガティブになりそうなときにはその人の歌を。試合の流れを見てここが踏ん張りどころだと感じたら、走る系の歌をetc…
それが選手の耳に届き、支えとなっていたらなぁと。完全な自己満足です。もしゴールが決まったり勝ったりして余力があったらベンチ外にも来てくれたら嬉しかったです。割と寂しかったです。(笑)
私は応援される側になることはほとんどなかったけど、支えてくれたり気にかけてくれたりする家族やOGさんの存在がありました。特に直接かかわりのある先輩はすごいです。私の気持ちがわかっているかのようなタイミングで、ご飯に誘ってくださったり、LINEや電話をくださったりしました。その節は本当にありがとうございました。
後輩たちに伝えたいことその③:OGはいつでも味方。
筑波大学女子サッカー部が苦しいときも盛り上がっている時も変わらず常に応援し続けてくれ、支えてくれる存在の一つがOGの方々だと思います。それは個人的に苦しいときでも同じです。私も、これからは一人のOGとして筑波の女サカを応援していきます。そして、益々いろんなことに挑戦していくであろう頼もしい後輩たちの活躍を楽しみたいと思います。
最後に、
このブログを読んでくださっている人に伝えたいこと:これからも筑波大学女子サッカー部の応援をよろしくお願いします。
石井奈菜子(#23 なずな)
2020年01月27日
感謝 (ゆみこ)
こんにちは。
寒すぎてコタツからでれません。ゆみこ(#17その)です。
今回はラストのブログ、引退ブログを書かせていただきます。
4年前の合格発表がすごく懐かしく感じます。大学ではたくさんの同期と切磋琢磨して、ポジション争いしてという環境を夢みていたのに、先輩から来たメールにはまだ2人しかいないんだって書かれてて、すごく驚いたのが今もはっきり覚えてます。
人数少なくて大変だったし、喧嘩もしたし、もうやっていけないって思うこともあったけど、こうして4人で終えることができて、ほっとしてます。
今シーズンを振り返ると、本当に「感謝」の1年だったと思います。
今年から6時スタートの朝練が始まって、5時には家出て部荷物をやってくれる1年生、元気で仲良くてチームを盛り上げてくれる2年生、厳しいことも言ってくれてチームのことをすごく考えてくれる3年生、なんやかんやめっちゃ助けてくれる同期、(↑あげるときりがないのでちょっとだけ書いた)、最高の仲間とサッカーができて幸せでした。
スタッフさんも本当にチームのことを考えてくださり、スタッフさんなしには今年の目標を達成することはできませんでした。
OGの方々や応援してくださる方々のおかげで今シーズン戦いきることができました。
本当にありがとうございました。
女サカでの4年間は本当に濃くて、サッカー以外にも学びが多くて、高校生の時に筑波を選んで頑張って勉強した自分に感謝しときます笑笑
ここまでサッカーをさせてくれた家族にも感謝しています。
最後に最近とても嬉しいことがあったので報告させていただきます(普及担当として)。
普及活動として、少年サッカー(小学生のサッカーのコーチ)をやっているんですが、小3の女の子が「筑波大学に入りたいと思ってる」って教えてくれました。コーチに憧れて筑波入りたいって、すごいことやと思ったし、筑波大学女子サッカー部のビジョンである「魅力あるチーム」になれてるんだなーって思いました。
最後の最後に(さっきのは最後ちゃうんかいってつっこめたあなたは大阪人です)、進路
についてですが、先日リリースがありましたように、FCふじざくらに入団することになりました。
筑波大学女子サッカー部で学んできたことを活かして、感謝を忘れず精進したいと思います。
これまで応援ありがとうございました。
これからも筑波大学女子サッカー部の応援よろしくお願いします。

寒すぎてコタツからでれません。ゆみこ(#17その)です。
今回はラストのブログ、引退ブログを書かせていただきます。
4年前の合格発表がすごく懐かしく感じます。大学ではたくさんの同期と切磋琢磨して、ポジション争いしてという環境を夢みていたのに、先輩から来たメールにはまだ2人しかいないんだって書かれてて、すごく驚いたのが今もはっきり覚えてます。
人数少なくて大変だったし、喧嘩もしたし、もうやっていけないって思うこともあったけど、こうして4人で終えることができて、ほっとしてます。
今シーズンを振り返ると、本当に「感謝」の1年だったと思います。
今年から6時スタートの朝練が始まって、5時には家出て部荷物をやってくれる1年生、元気で仲良くてチームを盛り上げてくれる2年生、厳しいことも言ってくれてチームのことをすごく考えてくれる3年生、なんやかんやめっちゃ助けてくれる同期、(↑あげるときりがないのでちょっとだけ書いた)、最高の仲間とサッカーができて幸せでした。
スタッフさんも本当にチームのことを考えてくださり、スタッフさんなしには今年の目標を達成することはできませんでした。
OGの方々や応援してくださる方々のおかげで今シーズン戦いきることができました。
本当にありがとうございました。
女サカでの4年間は本当に濃くて、サッカー以外にも学びが多くて、高校生の時に筑波を選んで頑張って勉強した自分に感謝しときます笑笑
ここまでサッカーをさせてくれた家族にも感謝しています。
最後に最近とても嬉しいことがあったので報告させていただきます(普及担当として)。
普及活動として、少年サッカー(小学生のサッカーのコーチ)をやっているんですが、小3の女の子が「筑波大学に入りたいと思ってる」って教えてくれました。コーチに憧れて筑波入りたいって、すごいことやと思ったし、筑波大学女子サッカー部のビジョンである「魅力あるチーム」になれてるんだなーって思いました。
最後の最後に(さっきのは最後ちゃうんかいってつっこめたあなたは大阪人です)、進路
についてですが、先日リリースがありましたように、FCふじざくらに入団することになりました。
筑波大学女子サッカー部で学んできたことを活かして、感謝を忘れず精進したいと思います。
これまで応援ありがとうございました。
これからも筑波大学女子サッカー部の応援よろしくお願いします。

2020年01月21日
好きな瞬間(ちよ)
こんにちは。皆様いかがお過ごしでしょうか。
2019シーズンをもちまして引退しました、渡邉萌香(#18ちよ)です。
突然ですが、
私はサッカーの得点の瞬間がとても好きです。
わくわくぞくぞくした緊張の雰囲気から、そこにいる皆が待ちわびたゴールが決まり、嬉しさとか今までの思いとか各々が持っている色んな感情が弾ける感じ、皆が喜びを分かち合う一体感、何かがこみ上げてきて頭がカーっと熱くなる感じが好きです。
私は小学生の頃初めてスタジアムで見た試合でこの感覚を味わい、サッカーに興味を持つきっかけになりました。そして女サカに最後までいたいと思った理由にもなりました。
私はこの4年間、
大好きな女サカの仲間達とその瞬間にたくさん出会うことができました。女サカで出会ったこの瞬間は何事にも変えがたい最高のものでした。私の宝物です。
そして、この瞬間に出会えたのは、同期、後輩、スタッフ、応援してくださる方々、OG・OBがいたからこそです。とてもありがたく思います。
拙い文章になってしまい申し訳ありません。
本当は引退というテーマでブログを書き始めたのですが、思うことを上手く表せず、まとめられませんでした。後日直接伝えられる人には言葉にして伝えられたらと思います。
最後に、
筑波大学女子サッカー部に関わる全ての方々にこの場をお借りして、心から感謝申し上げます。皆様のおかげで私の筑波大学での4年間はかけがえのないものになりました。本当にありがとうございます。
引き続き、筑波大学女子サッカー部をよろしくお願いいたします。
読んでくださり、ありがとうございました。
#18 渡邉萌香(ちよ)
2019シーズンをもちまして引退しました、渡邉萌香(#18ちよ)です。
突然ですが、
私はサッカーの得点の瞬間がとても好きです。
わくわくぞくぞくした緊張の雰囲気から、そこにいる皆が待ちわびたゴールが決まり、嬉しさとか今までの思いとか各々が持っている色んな感情が弾ける感じ、皆が喜びを分かち合う一体感、何かがこみ上げてきて頭がカーっと熱くなる感じが好きです。
私は小学生の頃初めてスタジアムで見た試合でこの感覚を味わい、サッカーに興味を持つきっかけになりました。そして女サカに最後までいたいと思った理由にもなりました。
私はこの4年間、
大好きな女サカの仲間達とその瞬間にたくさん出会うことができました。女サカで出会ったこの瞬間は何事にも変えがたい最高のものでした。私の宝物です。
そして、この瞬間に出会えたのは、同期、後輩、スタッフ、応援してくださる方々、OG・OBがいたからこそです。とてもありがたく思います。
拙い文章になってしまい申し訳ありません。
本当は引退というテーマでブログを書き始めたのですが、思うことを上手く表せず、まとめられませんでした。後日直接伝えられる人には言葉にして伝えられたらと思います。
最後に、
筑波大学女子サッカー部に関わる全ての方々にこの場をお借りして、心から感謝申し上げます。皆様のおかげで私の筑波大学での4年間はかけがえのないものになりました。本当にありがとうございます。
引き続き、筑波大学女子サッカー部をよろしくお願いいたします。
読んでくださり、ありがとうございました。

#18 渡邉萌香(ちよ)