2023年01月14日

学び

こんにちは。玉村如捺です。

この度は、私の引退ブログを訪ねてくださりありがとうございます。
なかなか書くことが思い浮かばず,これは気合を入れないと書けないなと思い、卒論ばりにパソコンに向き合って、Wordファイルを開いて文章を書いています。

さて、何を話しましょう。

とりあえず、この4年間を振り返っていこうかなと思います。


1年生。
入学当初、筑波大学という新しい環境で初めての経験をたくさんしました。
半分わけのわからないまま進んでいく学業面では、置いて行かれないようついていくので必死でした。
1年生の時は朝練も多く、ビックリするくらい早い時間に練習が始まって、普通にゲームまでやって、練習が終わったら更衣室でシャワーを浴びて着替えて授業に向かう。
そんな生活が当たり前になりました。
元々女サカに入部すると決めて筑波大学を選びましたが、サッカー面での不安はほとんどありませんでした。それは、1つ上の先輩であるまこさん(2021年度卒 蓮輪真琴)がいたからだと思います。
まこさんは高校時代もキャプテンで、寮では同部屋で過ごしたこともあり、実は頼れる先輩です。
でも、それだから不安がなかったというわけではない気がします。なぜかわからないけど、私の中ではまこさんが同じチームにいるということ、ただそれだけが安心材料だった気がします。それに加えて、あの冬の選手権決勝の時、ベンチからただ見つめることしかできなかったピッチで、すべてを圧倒していた世界の「千葉玲海菜」選手と一緒にサッカーができるということ、これにはワクワクしかありませんでした。
実際始まってみれば、個性的で、優しくて,面白いチームメイトがたくさんいて,組織的な戦術やピリオダイゼーションなど新しい学びもたくさんあり、とても楽しく、新鮮な毎日でした。
シーズン途中から公式戦にも出させてもらえるようになり,初めてSBというポジションを経験しました。正直,最初は難しさしか感じることができませんでした。めちゃくちゃ怒られました。それでも、試行錯誤する中で生まれた帝平戦でのゴールは,大学サッカーで1番のゴールだったなと思います。
インカレ出場を決めたとき、私はピッチにもベンチにもいませんでした。膝のケガをしました。たかが1か月、されど1か月。インカレ出場が決まった喜びと仲間への感謝とともに、大きな悔しさが込み上げてきました。
もっと強くなりたい。
その一心でリハビリも復帰後もトレーニングに打ち込みました。
でも、マイナスなことばかりではなく、このタイミングでのこの経験は私のサッカー人生にとってとても重要なものだったと思います。これをきっかけに、ケガしない身体づくりにしっかり取り組むようになり、大学サッカーで戦うことができる身体づくり、そのためのトレーニングの組み立て方、いろいろなことを考えるようになりました。
どんな経験もそれを価値づけるのは自分自身だと私は思います。この1年目の経験があったからこその4年間だったと感じています。

2年目。
開幕戦を数週間後に控えたその日、新型コロナウイルスによっていきなりの活動停止を告げられました。
大好きなサッカーができない。
当たり前が当たり前じゃないことを痛感しました。
ほぼ半年の自粛期間を経て、関カレは無事開幕し、結果としては2位という歴代最高成績。
皇后杯本戦出場も果たし、なでしこリーグ所属チームの強さを肌で感じることもできました。
自粛中、ほぼ毎日行われたzoomトレーニングを考え、レクリエーションをしてくださった4年生とスタッフさんにはとても感謝しています。インカレで目標としていた結果に届きはしませんでしたが、この時期の積み上げがあったからこその結果だったのだなと感じます。
この時は4年生の大変さ苦しさなんて全然わかっていませんでした。チームビルディングの大切さと難しさも今だからわかります。例年に比べて難しい状況の中、チームをそこまで引っ張り上げた4年生は本当にすごかったなと思います。だから、この代の4年生が多くOGコーチとして残ってくださったことは,本当に心強かったです。練習や試合に顔を出してくださる方も多く、いい人たちばかりだったなあと改めて感じました。
この年に学ばせてもらったこと、当たり前だと思っていることへの感謝の気持ち、与えられた環境でできることを探してやり続けること、コミュニケーションの大切さ…全部これからもずっと大事にしていきたいです。

3年目。
大学サッカーも折り返し地点に入り、上級生となりました。
この年は,印象に残っている試合がたくさんあります。西が丘でのインカレ準決勝はもちろんです。あの景色を見せてくれた4年生には頭が上がりません。たくさん背中を見て学ばせていただきました。本当にありがとうございました。
他にも、私の中で記憶に残る試合の一つに、関カレ前期日大戦があります。
この試合もいつもと変わらずたくさん怒られました。でも、いつもとは少し違うことも求められていたと感じます。
私は今まで,自分自身の成長にフォーカスしてばかりでした。もちろんそれは,サッカー選手として絶対なくしてはいけないし,大事にしなくてはならないものです。
しかし、上級生になっても何も変わっていない自分。チームのために行動できていたことがどれくらいあっただろうか。
試合後の監督の言葉によって,そのことについて深く考えさせられました。
それからの自分は、オンでもオフでも少し変われた気がします。” チームのために自分ができることは何か。” 以前よりそこに比重を置いて物事を考えることができるようになったんじゃないかなと思います。(少しは力になれてましたか?笑)
そして、3年間で何度も私が変わるチャンスを与えてくださった平嶋さん。
女サカにおられた期間はもちろん、つくばを離れられた4年目もお世話になりっぱなしです。本当にありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。

4年目。
ここまで,言葉にすると長くなってしまいましたが,実際時の流れはあっという間でした。
「インカレベスト4」
みんなで立てたこの目標に向かって1年間突っ走ってきました。インカレに毎年出れていただけに,私たちの中でインカレに出ることはどこか当たり前になっていました。そうじゃないと思いつつ、崖っぷちに立たされるまで自分たちを追い込みきれなかった。その結果が私たちのシーズンだったのかなと少し思います。
引退試合となったのは皇后杯2回戦。相手は母校である作陽高校でした。思えばこれも何かの縁だったのかなと感じます。
女サカでの最後の試合になってしまったことは本当に悔しく悲しかったです。全員が勝って三木に行くことしか見ていなかったので、チームを勝たせられなかったことが情けなく、これも今までの積み重ねの結果なのかと絶望しました。でもその日その瞬間、私には前向きな言葉をかけてくださる方がすぐそばにいたこと、本当に恵まれ者だったなと思います。
正直、1年を通して、結果は思い通りに出ることの方が少なく、苦しい時期も多かったです。それでも乗り越えることができたのは、同期をはじめスタッフさんや後輩など女サカのメンバーはもちろん、日頃から女サカを応援してくださっているサポーターの方々や、サッカーを通じて出会ってきた人たちの支えがあってこそだと思います。
本当にありがとうございました。ありがとう。
そして,どこにいてもどんな状況でも、自分の1番のサポーターでいてくれた家族には感謝してもしきれません。これからも、たくさんわがままを言うと思います。たくさんお世話になると思いますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。


この4年間いろんな立場でいろんな経験をしました。筑波で培った知識や知恵は一生の財産にしていきたいです。今後の人生では、まず自分にベクトルを向け、何事にも真摯に謙虚に挑戦し続けていきたいと思います。

長くなってしまいましたが、拙い文章をここまで読んでくださりありがとうございました。

計画的に、戦略的に。みんなも頑張ってね。応援しています。



#20 玉村如捺
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Posted by 筑波大学女子サッカー部 at 17:59│Comments(0)2022引退ブログ2022
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