こんにちは!最近お引越しが待ち遠しくてしかたない1年のぐり(#29)です。
私事ですが、今シーズンのブログ係になりました。というわけでどんどん更新して女サカの情報をお届けしていきたいと思います。
そんな1発目は、そう、残り一か月をきった一般入試の二次試験についてです。
さきに言っておくと私は体育専門学群ではありません。体育会の部活ではたして需要があるのか謎ですが…

何書いたらいいんだろう。とりあえず私は学校の評定が足りず、推薦を受けられなかったので望みは一般のみでした。塾に行かなかったので学校に行ったり児童館の自習室を使ったりして、1年前の今頃はゆるっと勉強していた気がします。

…もう少し具体的なほうがいいですかね。教育学類は二次が「英語」+「国数理社から1科目選択」のたった2教科です。楽ちんですね、と言いたいところですがこの選択科目の記述問題の重いこと重いこと。私は世界史を選択したので、夏休み明けくらいからこの400字論述をぼちぼちやっては、添削してくれる先生に泣きついてました。「こんなん何も見ずに4題も書けるわけねえ!」と思ったものです。

で、センターが終わってから本格的に論述の対策を始めました。相変わらずカンニングしながらの論述練習でしたが、英語と世界史しかやってないだけあってだんだん上達しました。なにより筑波の世界史は出る範囲が大体きまってるんですね。「中国」「古代・中世ヨーロッパ」「アジア」「その他なんか」みたいな(※例外あり)。3題書ければ合格点、と言われているので狙うはその他以外の3つです。求められるのは標準的な知識なので、いかに幅広く縦横のつながりと流れ・因果関係を理解しているかが大事です。

なーんてえらそうに語っていますが、私の受験本番はまあまあ荒れました。家が近いので当日実家から大学へ行き、朝一で英語を受けました。と、まずこれが難化していて見直しの時間があまりとれなかったんですね。過去問では安定して稼げていた英語で時間がなくなるなんて…!どうしよう、世界史ぜったい失敗できないじゃんか。下一桁001、広い部屋の右前の一番隅の席で、解答用紙が回収されても心臓がバクバクバクバク鳴っていました。

ところでこの二次試験、時間割の都合上、英語のあと地歴までだいぶ時間がありました。自分の心拍数に押しつぶされそうになりながら、地歴の試験時間ぎりぎりまで必死で資料集や今までのノートを見ていたら4時間があっという間に過ぎていました。

そして世界史の試験が開始しました。さっと目をとした感じではそんなに変な問題はなさそうか…
「4. 19世紀末から20世紀前半までの朝鮮半島をめぐる歴史の展開について~」
いやー、頭が真っ白になりました。いたって普通の問題です。基本的な問題のはずなのに、なにを書いたらいいか全くわからない。あやふやな知識のところをピンポイントに突かれたんですね。さすがに右手が震えました。なんとかすべての解答欄を埋めはしましたが、明清の中国史の部分も自信ないし。
顔面蒼白で帰宅した私を見て、両親はすべてを察してくれたようでした。

暗い話ですみません笑。そんなことがありながらも今こうして人間学群教育学類に通えてるんだから何があるかわからないですね。
私が伝えたいのはとにかく最後まであきらめないでほしいってことです。試験時間中、私は泣きそうでしたが、「論述は加点法。関係ないことを書いたって減点はされないんだからとにかく書きなさい!」という先生の言葉を思い出して必死に解答用紙を埋めました。今思えばそれがよかったのかな、と。

ブログをご覧の高校生のみなさん、体専じゃなくたって女サカに入ることはできるので、ぜひ!他学類からいっしょにサッカーやりませんか?
待ってます(^^)

#29保田真帆
  
Posted by 筑波大学女子サッカー部 at 18:02Comments(0)部員日記2017
こんにちは。
ゆみこ(#17その)です。
寒い日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。

今回は一般入試について書きたいと思います。

私はセンターが良くもなく悪くもなく、ボーダーくらいでした。いや、悪い方ですね笑。正直、ここに来て、落ちるのが怖くてどうしようかと少し悩みそうになりました。ですが、今まで、人数が少なかったり、弱小チームのため絶対試合に出れるという状況が多かったので、強いチームでサッカーをして、もっと個人的にレベルアップしたい!という思いがあり、筑波を受験することを決めました。確か、センターリサーチはCだったと思います。ボーダーくらいだったので、危険だし、私立は受ける気が全くなかったので、母や先生からは心配されましたが、自分は何が何でも筑波に行くんだと決心しました。(高校受験の経験から、強い決意を持っていれば受かるんだと思っていたので笑)そして、すぐ、体育の先生に報告し、お願いしました、1500mの練習に付き合ってほしいと。その体育の先生は若く、生徒との距離も近いし、すごく協力的でした。先生のおかげでトレーニングを頑張れたところがあるので、先生の力も借りるなど、使えるものは有効に使ってください。

それでは、内容について話したいと思います。

●主専のサッカー
☆流れ
アップ

ロングキック

6vs2の鳥かご

4vs4のミニゲーム

☆詳細
・ロングキックは4人グループでダイレクトでロングを蹴るので、結構基礎が見られてると思います。
・鳥かごはあまり記憶にないのですが、確か2タッチアンダーで、中の鬼は時間で交代でした。
・ミニゲームはシュートダイレクト制で、フリータッチでした。

☆感想
私はロングキックをミスりまくって(ほとんど、ペアの子に取りに行かしたので)やばいって焦りましたが、他のところで取り返そうと切り替えました。ミニゲームでは結構上手くいって、相手のボールも奪えたし、シュートも決めれたので、良かったなあって思ってました。たぶん、自分が一番上手いわ〜って思ったので笑。名門の高校など、周りにびびったりするかもしれませんが、そのくらいの気持ちで臨めば大丈夫だと思います。女子は男子の後にゲームをするので、体が冷えます。ゲームの間の休憩はボールを使えないので、各自動いたり、ベンチコートを持っていったり、寒さ対策をしっかりしてください。後、スパイクを綺麗にしてきた方がいいです。砂がついてると水道で洗わされます。

☆対策方法
とりあえず、サッカーをする。それに尽きると思います。応用よりも基礎が問われるので、それを意識して練習したらいいと思います。年によってはリフティングがあったりするらしいので、(1個上がそうだったらしい)ちょんちょんリフティングじゃなく、しっかり芯を捉えるリフティングを練習してください。


●副専の1500m
☆詳細
陸上競技は全部一緒にやります。
トラック競技の順番は、
1500m→100m→400mでした。
陸上競技場に来て座った人からビブスが配られ、その順番で走順が決まってたと思います。ここでも、男子の後に女子という順番でした。トラック競技の順番は年によって違うそうなのであまり参考にはならないと思います。時計の持ち込みは不可です。(去年からいきなりのタイシン対策)

☆感想
陸上競技はあまりオススメしません。本当に自信のある人だけが受けるべきだと思います。去年私が受けた時は、めっちゃ遅くて、なんで1500mにしたんだろうっていう人がいました。(母にそれを言ったら、そうゆう人がおるから受かるんだよと言われた笑)自分は着順5位で5分30秒くらいでした。(友達の友達が測っててくれてたらしい笑)点数がどれくらいかはわかりませんがあまり良くないのではと思ってます。

☆対策方法
私は体育の先生にメニューを組んでもらいました。目標としては5分30秒をきる!です。センター前はサッカーをして、平日はだいたい動いてたので、現役と比べて体力が多少落ちてる程度でした。メニューはバイクを中心にやっていたのですが、6分を負荷MAXで全力漕ぎをするというものです。それを3.4セットしてました。正直くそキツイです。心折れそうになりましたが、横で先生が、「あげろあげろ〜」とか「ペース落ちてるぞ〜」って軽々しく言ってくるので、「くそう、なんやねん!」って思いながら漕ぎ抜くことができました笑。
マラソン大会のお手伝いをした時も、マラソン大会の前にその先生に大阪城を走らされました。ペースメーカーには陸上の子が付き合ってくれました。バイクだけでなく、陸を走るのも大事だなぁーと感じたので、とりあえず走ってください。


●筆記
☆内容
記憶が曖昧なのですが、生活習慣病とドーピングが出たと思います。この2題が小問に分かれてるって感じです。赤本を確認してください。

☆補足
服装は全然ジャージでokやんってなりました。
周りはほとんどジャージでした。

☆対策方法
過去問でどのように問われるか傾向を掴んで、それを意識しながら教科書を読むって感じですね。自分はあまりノートを教科書みたいにまとめない主義で、簡単にまとめる感じでした。ノートの写真を下に貼ってるので、参考にはなるかはわかりませんが、一応見といて損はないかと笑。まあ、勉強方法は人それぞれあると思うので、自分に合った方法でやってみてください。教科書の内容だけで充分です。試験終わってみて大事だなと感じたのは、やはりどのように問われるかを意識して教科書を読むことです。(大事なことなので二回言いました)
試験直前はヤマをはってドーピングを読んでいました。(オリンピックイヤーだったので笑)見事に当たったので、これは受かったなって思いました笑


●その他注意点
筑波大は広いです。余裕を持って来ましょう。
このタイミングで話をするのは遅いですが、来年、再来年受験する子、他の学部の子にもとてもいい情報だと思うので、良かったら目を通してください。筑波大学受験で大切なのは、ホテル選びです。筑波は全国から受験者が集まってきます。筑波大周辺のホテルはすべて埋まります。私は女サカの体験会に来た時も、守谷駅の東横インに泊まったので、一般入試の時もそこに決めました。が、少し遅く、喫煙ルームのダブルしか空いてなくて、仕方なくそこに泊まりました。受験直前は緊張して、ただでさえ眠れないのに、タバコ臭いし、ニコチンの興奮作用で交感神経が刺激され、夜中に何度も起きました。私はもともと、寝床が変わると寝れないタイプだったので、余計最悪でした。受かったからいいものの、落ちてたらなんと言われてたか、、、。ホテルは早めにきちんと選びましょう。


●最後に
受験まであと少し!最後の追い込みだけです。やれることは全てやって悔いのないよう、頑張ってください。大丈夫です。あなたはたくさん勉強してきたし、あなたの周りには支えてくれる人がたくさんいると思います。(←だれ笑)
私は受かった時に思ったことは、ありがとうという感謝の気持ちでした。お母さん、ありがとう。お父さん、ありがとう。他の家族、学校の先生、塾の先生、友達、同期、先輩、後輩、、、、、ありがとうって思いました。今の自分があるのも、今まで支えてきてくれた人たちと、あの時の自分が頑張ってくれたからだと思っています。感謝の気持ちを忘れずにいたら、あともうちょっとだけ頑張ろうという気持ちになれると思うので、勉強が辛くなったら少し考えてみてください。

長くなりましたが、これで終わりにしたいと思います。(見やすいように努めたつもりです。見にくくて、すみません。)
それでは、皆さんと一緒にサッカーできるのを楽しみにしています。


2017/1/31
その
  
Posted by 筑波大学女子サッカー部 at 17:30Comments(0)部員日記2017

2017年01月25日

2017年シーズン始動

昨日1月24日、2017年度の始動ミーティングが行われ、新チームでのシーズンが始まりました。
今シーズンのチームスローガンは「挑戦」です。

チーム一同、高みを目指して頑張っていきますので応援よろしくお願いします。


  
Posted by 筑波大学女子サッカー部 at 08:57Comments(0)その他2017

2017年01月23日

インカレ



こんにちは。
#22 4年の山守杏奈(テト)です。
まず、コートネームでは一度も呼ばれたことはなかったです。
テト気に入ってました。けど、呼ばれると恥ずかしいのでやめてください。
今日は女サカでの最後のブログということですが、私は根から真面目なので真面目に書かせていただきます。
本当に偉大な先輩、頼れる後輩、大好きな同期に恵まれて4年間幸せでした。
メイクしてサッカーやっている人から(嘘です)、よくしゃべるマネージャー、コミニケーション障害かと思うほど喋らない人まで同じ学年としてまとまるかどうか不安でした。そんな私たちを一つにまとめてくれたのが、一年生として初めての出し物のフレッシュマン卒業式。私たちは、体を張って、ヲタダンスをしたのですが、先輩たちは失笑していました。
それだけが、心残りです。相当気持ち悪かったのだと思います。
「かわいいー」と言って欲しかったので、後輩には、全力で「かわいい、いいよー」というようにしています。
そんな感じでスタートした2013年度はインカレの決勝の舞台を経験させてもらい本当に恵まれた年でした。
学年が上がるほどチームのことを考える時間が本当に増えてくると思います。
当時、ただ先輩について行って、ピッチでのびのびとプレーして、準決勝あいさんが2点決めてヒーローになったのに、私自身何にもできずに足をつって交代したことくらいしか悔しくはなかったなと、(あいさんに対する嫉妬です笑)そんなこと言っている時点でとても未熟だったなと思います笑
とにかく楽しかった思い出でした。
私からみたらそう見えたインカレでしたが、先輩方からみたインカレはまた違った風景だったのかな、と振り返るとそう思います。
二年生、これが私たちの学年にとっても最後のインカレになるとは思ってもいませんでした。
とにかく勝つことに必死だったのを覚えています。
自分自身にも余裕がなく、自分勝手にプレーしていたと思います。
この時の4年生の先輩たち。
本当にすごかったです。
昨年度の結果がチームとしてのプレッシャーでしたが、一番4年生の先輩方が感じていたと思います。ちゅうさんを中心に本当にピッチに立ったら体現してチームを引っ張ってくれました。
ピッチ外でも四年生として何度も話し合う姿や、必死にチームを引っ張ってくれた姿はかっこよかったです。
2回戦で日体に内容ではボロボロに負けてしまった試合、終わった後、自分の不甲斐なさとこの人たちともうサッカーできなくなるんだと思うと涙がとまりませんでした。
三年生、絶対にインカレで西が丘に戻ってくるとシーズン初めは本気で思った年。何が起きるか本当にわからないものだと痛感しました。
本当に悔しかったです。何が悪かったなんてわからなかったし、誰が悪いわけでもなかったけど、とにかく勝たなければいけないと思えば思うほど勝てなかった関カレ。
振り返った時に、自分自身の本気の甘さを感じました。
ピッチ内、ピッチ外ともにできることはたくさんありました。
もっとチームのためにやらなければならなかったことはたくさんあり、気づいた時には遅かったです。けれど、やはり勝った時は嬉しかったし、楽しかった一年でした。
四年生、私は関カレに3試合しか関わりませんでしたが、チーム全体でレベルアップしどんどん成長しているみんなと一緒にサッカーできて、本当に楽しかったです。
ピッチの選手、ピッチ外の選手みんなが同じ方向に向かって、勝つという想いが強かったからです。
最終的に入れ替え戦になってしまいましたが、一部に上がれたのは間違えなく、全員の想いが一つになったからだと思います。
本当に勝った時は、うれしかったです。
長くなってしまいましたが、大学生にとってインカレの舞台は本当に憧れる場所です。
後輩たちにはインカレに出場して、西が丘に絶対に戻ってきてほしいし、その力は十分にあると思うので期待しています。
また、女サカに入部したことで、サッカーを何不自由やってこられたのは、本当に周りの人のサポートがあるからだと強く感じました。
スタッフの皆さん、OGの皆さん、女サカに関わってくださった多くの皆さんに感謝します。本当にありがとうございます。
これからも筑波大学女子サッカー部をよろしくお願いします。

あんな#22





















  
Posted by 筑波大学女子サッカー部 at 22:30Comments(0)

2017年01月23日

引退挨拶

こんにちは。
4年の羽成春香(#2みち)です。

最後のブログを投稿させていただきます。

私はサッカー経験は中学3年間のみでしたが、どうしてもサッカーがやりたくてサッカー部のある国立大学を探し、筑波大学を志望しました。
高校時代は、予備校のパソコンでこっそりこのブログを読んでいました。
そんな私が今、女サカでの4年間を終え、いつも見ていたこのブログに最後の投稿をしているというのは、なんだか不思議な気持ちです。

何を書けばいいか頭の中が全くまとまっていませんが、とりあえず書きます。

女サカを引退したといっても、正直まだまだ実感がありません。

私たちの学年は、この4年間で本当に色々な経験をさせていただきました。

私は公式戦のピッチに立って自分のプレーでチームに貢献することはほとんどできませんでした。
むしろ先輩、同期、後輩、チームの皆さんに支えてもらいながら日々の練習や試合についていくのに必死でした。
それでも、チームの一員として筑波大学女子サッカー部で過ごした4年間は本当に素敵な時間でした。

サッカーはもちろん、チームの運営やフェスの運営まで、女サカでは様々な活動に携わることができました。
4年間素晴らしい環境で、本気でサッカーに挑戦できたことを本当に幸せに思います。
フェスやチームの運営にあたっては、同期と共になんだかんだと言いながら、長時間に及ぶミーティングをしたこともありました。
しんどいこともたくさんあった気はしますが、今振り返るとなんだか全てがとても楽しかったように思います。

こんな時間を過ごすことができたのは、全て私たちを支えてくださった方々のおかげです。

このような素敵なチームを作り上げ、支え続けてくださっているOG・OBの方々に、この場を借りて感謝申し上げます。

ほとんど初心者の私を受け入れ、育ててくださった歴代のスタッフの皆さん、4年生の皆さん、本当にありがとうございました。

なっさけない私を時に支えてくれた後輩のみんなにもたくさんありがとうを伝えたいです。

4年間を一緒に過ごした同期にももちろん、たくさんたくさんありがとうです。

とにかく一番言いたいことは、私は女サカが大好きだということです。
そんな女サカに所属できたことを本当に誇りに思います。

本当に本当にありがとうございました。

最後になりますが、明日から新しいシーズンが始まります。
今の後輩たちは個々の技術も高く、2016シーズンは本当に頼もしい姿を何度も見せてくれました。
新しいシーズンもきっと、もっともっと素敵なチームを作っていってくれると思います。

これからも筑波大学女子サッカー部への変わらぬご指導、ご声援をよろしくお願いします。


羽成春香(みち) #2
  
Posted by 筑波大学女子サッカー部 at 21:41Comments(0)

2017年01月23日

引退挨拶

引退の挨拶をさせていただきます、
4年の拝田涼香(ベル#20)です。


12/17に女サカを引退しましたが、
1/23今現在に至るまで、
「うわー引退した!!!」って実感してません。
サッカー12年もずっとやってきたけど、
やめたらやめたなりの、違和感のない日常があって、
こんなもんか、っていう感じです。
だから、私にとってサッカーは
「必須」ではなかったんだろうなあ、とおもいます。


じゃあどうして、ずっとサッカーを続けてきたんだろう。
それは最近よく考えることで、
勝つ喜びとか、色々考えは浮かぶんですが、
一番しっくりきたのは、
「個人じゃなくてチームで勝ち取る」
っていう過程がおもしろかったからじゃないかなと思います。

例えば筑波だったら、
色んな地域から、色んな背景を持って、
色んな学類の、色んな考え方をした、
色んなレベルの人が、集まってきます。
一見、ばらっばらの人たちですが、
本気でサッカーするっていう根底は共通してて、だからこそ、個々の「違い」をすりあわせながら、
「勝ち」に向かって進んでいける。
その過程はどんなチームにもあって、
そこには個人の葛藤とかチームの葛藤とか、
色々混ざっているけど、
その過程を経ながらひとつの目標に向かうこと、
そんな中でひとつの「勝ち」を手にすることが、おもしろかったんだとおもいます。

その居場所をいつも求めていたからこそ、
転校してもサッカーを続けてきたし、
最後のサッカーをする場所として、
他のチームとはまったく違う、個性しかない、
「筑波」を選んだのだと思います。

こんな冷静に言ってますが、
女サカの4年間は笑えないほどきつかったし、
辞めたいこともあったし、
「組織」なんていってられないほど自分のことで精一杯でした。

それでも、女サカで4年間サッカーに向き合えて、本当に本当によかった。
色んな人がいて、色んなことを教えてもらって、
学びと気づきしかない4年間でした。

他の同期も言ってますが、
自分を含めて問題児しかいない学年で、
先輩方には多々ご迷惑とご心配をおかけしました。
それでも見捨てずに応援してくださった皆さんのおかげで、
引退まで走りきることができました。
本当に本当にありがとうございました。

今後も、後輩たち、
筑波大学女子サッカー部への応援を、
よろしくお願いいたします。

ありがとうございました。

20番 拝田涼香

  
Posted by 筑波大学女子サッカー部 at 21:30Comments(0)

2017年01月23日

引退

昨シーズン主将を務めさせていただきました、伊藤栞(#19 うみ)です。

最後のブログということで、、、

どの先輩もおっしゃるのですが、この4年間は正直言ったら9割くらい辛くてしんどいことばかりでした。

何度やってもうまくいかない
ピッチ外での問題がたくさん
大事なところで怪我をする
結果が出ない


大学に来てまで、なんでこんな苦しいことしてんのかな。
何百回も思いました。

それでも最後までやってこれたのは、やっぱり女サカが大好きだったし、サッカーが大好きだったからじゃないかなと思います。

初めて行った練習が朝練のフィジカルで、葵と宿舎へ帰りながら「もうやめたい〜」なんて言ってたのも、もうすごく前のことのように感じます。

先輩たちに追いつこうと必死にもがいた1年生は、あっという間に終わってしまいました。
ほぼ毎日怒られるし、毎日がポジション争い。
駆け抜けるように過ぎた、刺激的すぎる日々は私にとって女サカでの、人生での、土台になりました。

その後の3年間は、あの時の4年生を、あの時の結果を越えようと同期で言い続けてきました。

ですが、正直思い描いていた残りの3年間とは、全く違いました。
インカレどころか、1部降格。目指していたところに行くチャンスすら最後はなくなってしまいました。

それでも私は筑波大学女子サッカー部に入部して良かったと心から思っています。
結果だけ見たら、そうじゃないと思う人いるかもしれません。
でも、4年間過ごして、ここでしか経験できないこと、ここでしか学べないことはたくさんあったし、ここにいたから出会えた人がたくさんいます。
(ほんとは全部書きたいんですけど、書き終わりそうにないのでやめときます…)
それは、自分にとって一生の財産です。

怪我をしてサッカーができなかったのも、結果が出なかったのも、良くはないけど、それがあったから得られたこともあって、長い目で見た時に、何か意味があるんだと思います。
これも全部女サカにいなかったら気づかなかったことです。

諦めずに筑波行くって言った自分を、サッカー辞めようと思ってのに女サカに入部するって決めた自分を褒めてあげたいです。笑

これからも辛いことはたくさんあると思うけど、ゆいさんに怒られた時と田部井さんのドリブルランを思い出せばなんでも踏ん張っていける気がします。笑

4年間、私も女サカも多くの方に支えていただきました。幸せで充実した毎日でした。

こんな問題児が集まったどうしようもない学年で、上にも下にも迷惑かけまくってすみませんでした。
それでも見捨てずに声をかけ続けてくださった先輩方、学年が被っていないのに何度も遠くまで応援に来てくださったOGの皆さん、選手を信じ続けてくれたスタッフのみなさん、ピッチ内外で支え続けてくれた後輩、人のことを考えるということを一番教えてくれて、キャプテンとしてチームの先頭に立たせてくれた同期、こんな素敵な環境を与えてくれた家族。
本当にありがとうございました。

私たちはOGとして女サカを応援し、支えていきます!
これからも筑波大学女子サッカー部をよろしくお願いします。

伊藤栞 #19  
Posted by 筑波大学女子サッカー部 at 12:56Comments(0)
こんにちは。
12/27をもって女サカを引退しました、女サカの飲み会部長、四年の#9金城葵(カンちゃん)です。

女サカに入ってもうすぐ丸四年。
入学したての一年生の時。クラブチーム上がりで、「部活」の洗礼に毎日ヒィヒィ言ってたあの頃のこと、今でも3週間前くらいに思えます。(昨日じゃないあたりがミソ)

部活とは本当に無縁で、今まで時間や上下関係に緩〜い沖縄に住んでた私は、常に無礼講で、今思い返しても本当に問題児でした。笑 けどそんな私を最後まで見放さずに居てくれた厳しくも優しい先輩、ぶつかりながらも常に寄り添って支えてくれる同期、慕ってくれる可愛げのある後輩、最後まで信頼してくれるスタッフさん、応援し続けてくれたOGならびに関係者の方々、いろんな人の支えがあったからこそ、私は最後まで辞めずに来れました。本当に、本当に、ありがとうございました。

高校生の進路選択の際、「筑波」の大学が目に入り、それから筑波しか考えられなくなってから、私はずっと憧れて憧れて、やっと筑波の女サカに入ることができました。(卒業時の年齢が23歳と言うところで、どれだけ「やっと女サカに入った」かが伝わりますね)

女サカで出会った先輩、最初は「一生仲良くやってけん!」とか思ってた同期とも、長く濃い時間を過ごして行く中で本当に本当に成長したなと感じます。
学年が上がるにつれて責任が出てきて、大事な後輩も出来て、守ってかないといけない伝統があって。
部員同士のぶつかりあいも、答えの見つからない話し合いも、スタッフとの関係も、もうすべてがサッカーだけじゃない人間的成長に繋がりました。
もちろん、サッカーの楽しさ、こだわることの大切さ、難しさ、達成感、充実感…挙げたらキリがないですが、これももちろん学ばせていただきました。
人生においてこんなにもサッカーやチームメイトのことしか考えなかった日々は、もう大学四年間だけだと思います。

個人的に挙げるサッカーの思い出というと、二年生で出場させてもらったインカレの舞台。
いつの間にかあれが私の(代の)最後のインカレになってしまったこと。
四年生にもなってプレーでもがく苦しさ。
集中応援であの素晴らしい応援の中ピッチに立てなかったこと、などなど…悔しい思い出の方が正直多いです。不完全燃焼です。無念。
二年生の頃がサッカー選手としてはピークだったかもしれません。笑
だけども、こんな思い出ばかりでも、いざブログを書くために四年間を振り返ると、やっぱ充実感や得たもの、笑顔の思い出の方が先に思い浮かびます。人間ってよくできてますね。

まとまらないですが、本当になんて伝えたらいいわからないくらい、女サカ色で染まった、幸せな大学生活でした。
この幸せな大学生活が送れたのも、本当にたくさんの方々の支えがあったからだと心から感じます。
こんなに幸せな時間を、本当にありがとうございました!!!!
四年間溜めた想いを、たった1日分のブログにするのは足りませんね、連載させていただきたいほんと。

大学一年は宇宙人のような問題児だった私も、四年になるとやっと人間の中学生になれた気がします。まとまらない文章がその証拠です。

話が長いで有名な私なので、残りはお酒の席で語り明かしたいと思います!(相手未定、対談相手募集中)

騒がしい私がいなくなるので、女サカが少し大人しくなるかもしれませんが、これからも皆様の応援を、どうぞ可愛い後輩によろしくお願いいたします。
ありがとうございました!


#9金城葵(カンちゃん)
  
Posted by 筑波大学女子サッカー部 at 12:15Comments(0)

2017年01月23日

引退挨拶


こんにちは。
今年度主務を勤めさせていただきました佐宗真琴(28番 いっさ)です。
この場をお借りして引退のご挨拶をさせていただきたいと思います。

浪人して、筑波大学に合格して、女サカに入って、
それからはもうあっという間の4年間でした。

女サカは、私のサッカー、部活、という考え方を大きく大きく変えてくれました。
女サカに入るまでは、試合に出てないと、実力がないと自信も持てず、言いたいことも言えず、ただひたすら自分が上手くなるためだけにサッカーをしていました。上手くならないと試合に出られないから。上手くならないと自信が持てないから。
女サカには本当にいろんな人がいて、全員変人だと言いいたいくらい個性の塊のような集団で、でもそれが私にとってはとても居心地の良い場所でした。
なんでかな?って考えた時に、みんな「自分ができることを自信をもって一生懸命にやっている」からなんだと思いました。

言葉で伝えることが苦手でも背中で、プレーで、行動で伝えてくれる。
サッカーの経験が少なくても、誰よりも努力する。みんなをまとめてくれる。
とびっきりのハイテンションでチームを盛り上げてくれる。
みんなの話を聞いて回ってチームのバランスを取ってくれる。
ここぞというところで結果を出してくれる。
サッカーが大好きで大好きでたまらないのを言葉じゃなくても伝えてくれる。
自分のことは二の次にいつもみんなを支えてくれる。

こんな私の拙い文章じゃ書ききれませんが、本当にいろんな人がいるんです。
その一人一人が魅力に溢れる人たちなんです。
そして、一人一人ができることできないことを認め合える素敵な人たちなんです。

そんな人たちに囲まれて、「できることをやればいいんだ」と思うことができました。

ここまでを要約すると、とにかく女サカが好きということです。(笑)

2016シーズン、関カレも一部に昇格することができ、関東リーグも一部に残留することができました。
OG.OBをはじめとする皆様の応援のおかげです。
本当にありがとうございました。

引退前の数週間、本当に多くの方々に女サカが支えられているということを痛感しました。

今年は特に、状況も苦しかったこともあり、心配してくださったOGの方々が毎試合、応援に来てくださっていました。
ご多忙の中、ちっとも学年も被ってない後輩たちのために、です。
感謝しかありません。
本当にありがとうございました。

女サカに入るまでは、そんなことにまで頭は回らなかったです。
自分がサッカーをするのに、どれだけの人に支えられているのかなんて、頭の隅の方にちょこっとあるだけでした。
今考えると当時の私にぞっとします。(笑)

4年間こんなに長くブログを書いたことがないので、支離滅裂かと思います。(笑)
これ以上書くともっとよくわからなくなるので終わります。

本当にありがとうございました。

28番 佐宗真琴



  
Posted by 筑波大学女子サッカー部 at 11:35Comments(0)

2017年01月20日

今、思うこと

こんにちは、最後のブログになってしまいました、
キャッチコピーは
選手より良く食べるマネージャー
常に食べ物とツーショット
マネージャーの型枠におさまらないe.t.c

そんなマネージャー"だった"なみです。

最後は真面目に言葉を残そうと思います(笑)


昨年、マネージャーというキーワードで大きなニュースがありました。
夏の甲子園、公式練習中のグラウンドにて
マネージャーも共に練習補助をしていたため注意される、といったものです。
これが大きく取り沙汰されて、男女差別だ、などなど
様々な意見により
高野連が今後この制度の検討を改めるという事にまでなりました。



マネージャーは必要な存在か。
高校時代を含め7年、この立場をやってきましたが
私には答えを出せませんでした。




マネージャーという立場は日陰の存在です。
こういった話題性や世間が関心を寄せる事がなければ
表立つ事はまったくありません。
数多のチームの中で、
あの選手は知っている
あの監督は知っている
は、あるにしろ
マネージャーの存在を気にかける事はありません。




そんな日陰の存在を4年努めさせて頂きました。
どちらかといえば目立ちたがり屋
不器用、視野が狭く繊細な事ができない大雑把な私が
なぜマネージャーで入部したのか。
簡単な理由です。



このチームの人が好きだから



たったこれだけです。
そんな好きな人達を近くで見る理由がほしかったからです。




4年間で気づいた事、私はただの自己満でマネージャーをしていた、という事です。
別に目立たなくても全然構わない、感謝されなくてもへっちゃら
ただ、好きで女サカという環境にいて
好きで皆の練習を見て、ボトルの水変えよ〜、あっついから氷水作ろう〜、雨降ってきたから荷物移動させよう、なんて感じで
誰かのためなんて考えずに行動していた事が
みんなからの「ありがとう」と感謝の言葉のご褒美に繋がる事が
たまらなく、にやけるくらい嬉しくて。




選手とマネージャーには果てしない距離がある中で
私はこの筑波大女子サッカー部に
マネージャー、ではなく1人の部員として入部しました。
1人の力では決してマネージャーと選手という壁を乗り越える事はできません。
周りがわたしを一部員として捉えてくれなければ
引退まで、マネージャーです。



マネージャーという役職が報われる事は
とても少ない、と思います。
なぜなら根底にその仕事を務めるのはマネージャーとして当たり前、という認識があるからです。




それでも私には皆、
ありがとうと言ってくれました。
さらには毎年毎年、素敵な先輩後輩、スタッフに囲まれ
最高の景色をいくつも一緒に見させて頂くことができました。
何より、4年間一緒だった同期とは大学生活において
最も長く時間を共有し
素敵な思い出をくれました。
一、マネージャーでしかない自分がこんなに恵まれていてよかったのでしょうか。




これからより様々なスポーツでマネージャーという立場が普及し、行動範囲も広くなっていくはずです。
だからこそマネージャー経験を積む人は
その経験が人生の豊かな糧となってほしい。
無給の奉仕。
そんな悲しい言い方のような4年間ではなかったです。
それは憧れではなく、理由を持って
チームに身を置けたからです。
チームが私をチームの一員とし、必要な存在である、と居場所を作ってくれたからです。



私自身、自分が必要な存在であったとは思えません。
それは誰もができる仕事を
たまたま自分がやっていただけに過ぎないからです。
それでも彼女達は私に「ありがとう」といってくれます。
なんとか、私はチームにとって必要な存在であれたみたいです。
それがとても嬉しいです。
こちらこそ、本当にありがとうございました。




最後にそんな大切な、素敵なチームのメンバーである彼女達を
日頃よりお支えくださった皆様、
本当にありがとうございます。
皆様のご声援、叱咤激励が今シーズン
とても選手達の励みになり、結果を残すことができました。
今後も後輩達への変わらぬご支援、宜しくお願い申し上げ
私の引退、最後のブログとさせていただきます。



マネージャー
松崎奈海







  
Posted by 筑波大学女子サッカー部 at 19:12Comments(0)その他2017